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ブログ作成日時
2025-02-10
更新日時
2025-02-10
ヘルスケア

悪性リンパ腫と診断された日──私の闘病記録

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悪性リンパ腫と診断された日──私の闘病記録

はじめに

私がこの記事を書こうと思ったのは、同じ病気と闘っている方々に少しでも希望を持っていただきたいという思いからです。2016年、私は悪性リンパ腫という診断を受けました。その時の経験、そして今に至るまでの道のりを、できるだけ詳しく綴っていきたいと思います。

目次

異変を感じた日

2016年5月、私の体に最初の異変が現れました。それは、何の前触れもなく始まった顔のむくみでした。朝、目覚めて鏡を見た時の違和感を今でも鮮明に覚えています。「昨日、塩分を取りすぎたかな」「寝不足かもしれない」と、最初は些細な体調の変化だと思い込もうとしていました。

日に日にひどくなる顔のむくみ

しかし、むくみは一向に改善する気配を見せませんでした。それでも、すぐには病院に行かず、約1ヶ月ほど様子を見ることにしました。今思えば、この判断は決して正しいものではありませんでした。日に日に朝起きたときのむくみがひどくなり、最初は午前中にとれていたものが昼過ぎ、夕方にならないと治らなくなっていき、眠るのもためらわれるほどひどくなっていきました。

この経験から、体の異変を感じたらできるだけ早く医療機関を受診することが、その後の治療にとって非常に重要だということを、身をもって学ぶことになりました。

最初の診察――不安な予感

1ヶ月が経過し、むくみが改善しないどころか、徐々に悪化していく気がしたため、ついに内科を受診することを決意しました。診察室に入ると、担当医は私の症状を丁寧に聞き取り、いくつかの検査を提案してくれました。

しかし、その時の医師の言葉は、私の人生を大きく変えることになります。「具体的にどの病気かは検査をしないと分かりませんが、何らかのがんである可能性が極めて高いですね」。その言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になったことを覚えています。

迷走の3週間

ここから私の診断までの道のりは、決して平坦なものではありませんでした。6月1日の初診から約3週間、最初の病院では胸腺がんという診断を受けました。しかし、その病院の血液内科で念のため検査を受けたところ、「おそらく胸腺がんではなく、悪性リンパ腫の可能性が高い」と指摘されました。

この時の血液内科の医師の判断は、私の人生を大きく左右することになりました。医師は即座に別の専門病院でセカンドオピニオンを受けることを強く勧めてくれました。この判断に、今でも深い感謝の念を抱いています。

一方で、最初の3週間を無駄にしてしまった最初の内科医に対しては、正直なところ、怒りの感情を抱かずにはいられません。がんの早期発見・早期治療が重要であることは広く知られている事実です。その3週間という時間は、私にとって非常に貴重なものでした。

確定診断の日――2016年6月20日

セカンドオピニオンを受けた病院で、ついに確定診断が下されました。2016年6月20日、この日は私の人生において大きな転換点となりました。

診断に至るまでには、様々な検査を受けることになりました。レントゲン、CT、骨髄検査(マルク)、生検、PETCTなど、考えられる限りの検査が実施されました。それぞれの検査には不安や苦痛が伴いましたが、正確な診断のために必要不可欠なプロセスでした。

診断を告げられた時の医師の言葉は簡潔でした。「即刻入院してください」。その言葉には緊急性が含まれており、一刻も早い治療の開始が必要だということを物語っていました。

家族への告知――思いやりの心で

がんという診断を家族に伝えることは、患者である私にとっても大きな課題でした。できる限り家族を心配させたくないという思いから、明るい態度を心がけながら、がんになったことを伝えました。

「がん」という言葉は、多くの人にとって大きな衝撃を与える言葉です。しかし、私は必要以上に家族を不安にさせたくないという思いから、できるだけ冷静に、そして前向きな姿勢で伝えることを心がけました。

家族の反応は、私の予想以上に温かいものでした。特に母は、私が心配するほどには取り乱すことなく、むしろ私以上に冷静に状況を受け止め、サポートしてくれました。母の存在は、これからの治療を乗り越えていく上で、大きな心の支えとなりました。

治療開始に向けて

診断から治療開始までの準備期間は、気持ちの整理をする重要な時期でした。抗がん剤による治療が提示され、その効果と副作用について詳しい説明を受けました。

最初の病院での3週間の遅れがあったため、できるだけ早く治療を開始したいという思いが強くありました。その思いは、がんと闘うための強い意志となって、私の中に芽生えていきました。

治療室での経験

治療が始まってからの経験は、私にとって貴重な学びの時間となりました。幸いなことに、私自身は抗がん剤による重い副作用に見舞われることはありませんでした。しかし、同じ病室で治療を受けていた患者さんの中には、抗がん剤による発作を起こす方もいました。

その光景を目の当たりにすることで、がん治療の厳しさを実感すると同時に、一人一人の体質や状態によって、治療への反応が大きく異なることを学びました。それは、医療の個別性の重要さを理解する機会となりました。

医療との出会い――感謝と怒りの感情

この闘病経験を通じて、私は様々な医療従事者と出会いました。その中には、深い感謝の念を抱く方々もいれば、残念ながら怒りを覚える方もいました。

特に、最初の病院の血液内科の医師には心から感謝しています。その方の的確な判断と、セカンドオピニオンを勧めてくれた決断が、私の治療の転換点となりました。また、実際に治療を担当してくれた医師たちにも、深い感謝の気持ちを抱いています。

一方で、最初の3週間を無駄にした内科医に対しては、正直な怒りを感じずにはいられません。医療従事者として、より慎重な判断と適切な対応が必要だったのではないかと思います。

同じ病気と闘う方々へのメッセージ

病院で過ごす時間が増えるにつれて、私は同じような境遇の方々とたくさん出会いました。そこで気づいたのは、病院の中では治療中の患者さんにしか会えないという事実です。しかし、実際には多くの方が治療を終えて、普通の生活に戻っているのです。

このブログを読んでくださっている方の中にも、同じ診断を受け、不安を抱えている方がいらっしゃるかもしれません。そんな方々に、私からのメッセージがあります。

病気は必ず克服できる

確かに、がんという診断を受けることは、大きな不安と恐怖を伴います。しかし、医療の進歩により、多くの方が治療を終えて日常生活に戻っています。あなたも必ず治ることができます。そう信じて、一歩一歩、前に進んでいってください。

最後に――希望を持って

この記事を書きながら、診断を受けた日のことを振り返っています。あの時の不安や恐れは、確かに大きなものでした。しかし、その経験を通じて、私は多くのことを学び、成長することができました。

特に印象に残っているのは、医療の進歩と、医療従事者の方々の献身的な努力です。また、家族や友人のサポート、同じ病気と闘う仲間との出会いは、私に大きな勇気と希望を与えてくれました。

がんという診断は、確かに人生における大きな試練です。しかし、それは同時に、新たな可能性と希望を見出すきっかけにもなり得ます。この記事が、同じような状況にある方々の心の支えになれば幸いです。

決して一人ではありません。多くの方が同じ経験を乗り越え、新たな人生を歩んでいます。どうか希望を持ち続けてください。そして、必要な時には躊躇なく周りの人に助けを求めてください。

私たちには、がんを乗り越える力が必ずあります。その事実を、この記事を通じて皆さんにお伝えできていれば幸いです。

Profile

眞野 瑶平 / Yohei Mano

大学卒業後、トヨタ車体株式会社入社
部品調達・物流・生産・設変管理を経験後、独立起業
2023年Weaps株式会社立ち上げに伴い、代表取締役就任

自身の経験を交えながらトヨタ生産方式(TPS)の導入および専用のWebアプリケーションを通じて企業の生産性向上を行っている。

ビジネスだけでなく投資・政治経済・ヘルスケアなど幅広い分野に精通しており、これらの知見を活かしブログでは生産性向上や資産形成、時事問題から健康管理まで、実用的な情報を発信中。